徒然草: 211-215

211
萬の事は頼むべからず。愚かなる人は、深くものを頼むゆゑに、うらみ怒ることあり。勢ひありとて頼むべからず、こはき者まづ滅ぶ。財多しとて頼むべからず、時の間に失ひやすし。才ありとて頼むべからず、孔子も時に遇はず〔史記に「孔子于2七十餘君1無レ所レ遇。」〕。徳ありとてたのむべからず、顔囘も不幸なりき〔論語に「有2顔囘者1不幸短命死。」〕。君の寵をも頼むべからず、誅をうくる事速かなり。奴したがへりとて頼むべからず、そむき走ることあり。人の志をも頼むべからず、かならず變ず。約をも頼むべからず、信(まこと)あることすくなし。身をも人をも頼まざれば、是なる時はよろこび、非なる時はうらみず、左右(さう)廣ければさはらず、前後遠ければふさがらず、せばき時はひしげくだく〔壓し碎く〕。心を用ゐること少しきにしてきびしき時は、物に逆(さか)ひ爭ひてやぶる。寛(ゆる)くして柔かなるときは、一毛も損ぜず。人は天地の靈なり。天地はかぎるところなし。人の性(しゃう)何ぞ異ならむ。寛大にして窮らざるときは、喜怒これにさはらずして、物のためにわづらはず。
212
秋の月は限りなくめでたきものなり。いつとても月はかくこそあれとて、思ひ分かざらむ人は、無下に心うかるべきことなり。
213
御前の火爐(くゎろ)〔火鉢〕に火おくときは、火箸して挾む事なし。土器(かはらけ)より直ちにうつすべし。されば轉び落ちぬやうに心得て、炭を積むべきなり。八幡(やはた)の御幸(ごかう)〔男山八幡宮に上皇のゆかれる事〕に、供奉の人淨衣を著て、手にて炭をさされければ、ある有職の人、「白き物を著たる日は、火箸を用ゐる、苦しからず。」と申されけり。
214
想夫戀(さうふれん)〔白氏文集には相夫憐とある、相府蓮といふ説もある、本文に出て居る。〕といふ樂は、女、男を戀ふる故の名にはあらず。もとは相府蓮、文字のかよへるなり。晉の王儉、大臣(おとゞ)として、家に蓮(はちす)を植ゑて愛せしときの樂なり。これより大臣を蓮府(れんぷ)〔大臣の邸〕といふ。廻忽(くゎいこつ)〔樂の名〕も廻鶻(くゎいこつ)なり。廻鶻國〔囘乾とも云ふ、外蒙古の一種族〕とて夷の強(こは)き國あり、その夷、漢に伏して後にきたりて、おのれが國の樂を奏せしなり。
215
平宣時朝臣〔大佛陸奧守宣時、朝直の子〕、老いの後昔語に、「最明寺入道、ある宵の間によばるゝ事ありしに、『やがて〔すぐ〕。』と申しながら、直垂のなくて、とかくせし程に、また使きたりて、『直垂などのさふらはぬにや。夜なれば異樣〔粗末のもの〕なりとも疾く。』とありしかば、なえたる〔布の糊がぬけて萎えたる〕直垂、うちの儘にて〔平常のまゝで〕罷りたりしに、銚子にかはらけ取りそへてもて出でて、『この酒をひとりたうべむ〔たべん〕がさうしければ申しつるなり。肴こそなけれ、人はしづまりぬらむ。さりぬべき物やあると、いづくまでも求め給へ。』とありしかば、紙燭(しそく)〔脂燭とも書く、紙に脂油をぬりしもの〕さしてくま〔すみずみ〕を求めしほどに、臺所の棚に、小土器(こがはらけ)に味噌の少しつきたるを見出でて、『これぞ求め得て候。』と申ししかば、『事足りなむ。』とて、心よく數獻(すこん)に及びて興に入られはべりき。その世にはかくこそ侍りしか。」と申されき。