徒然草: 196-200

196
東大寺の神輿(しんよ)〔奈良東大寺の鎭守である手向山八幡宮の神輿〕、東寺の若宮〔東寺の鎭守たる男山八幡宮に本宮と若宮とがある、若宮は仁徳帝をまつる〕より歸座〔男山から手向山へ歸る事〕のとき、源氏の公卿參られけるに、この殿〔前出の久我通基〕大將(たいしゃう)にて、先を追はれけるを、土御門相國〔定實〕、「社頭にて警蹕(けいひつ)〔先を追ふ事〕いかゞはべるべからむ。」と申されければ、「隨身のふるまひは、兵仗の家が知る事に候。」とばかり答へ給ひけり。さて後に仰せられけるは、「この相國、北山抄〔藤原公任の著書。一條帝以後の典禮を書いてある〕を見て、西宮(せいきう)〔源高明著の西宮記〕の説をこそ知られざりけれ。眷属の惡鬼(あくき)惡神を恐るゝゆゑに、神社にて殊に先を追ふべき理あり。」とぞ仰せられける。
197
諸寺の僧のみにもあらず、定額(ぢゃうがく)の女嬬〔一定の人數の下級の女官〕といふこと、延喜式〔延喜年間に出來し年中行事典禮の書、藤原時平、忠平の編著〕に見えたり。すべて數さだまりたる公人(くにん)の通號にこそ。
198
揚名介(やうめいのすけ)〔名目ありて職掌俸給なき介〕に限らず、揚名目(さくゎん)〔國司中第四級目の役〕といふものあり。政事要畧〔古來の法制を編纂したる書、一條帝の時惟宗允亮(*まさすけ)編〕にあり。
199
横川(よがは)〔叡山横川谷〕の行宣法印が申しはべりしは、「唐土は呂の國なり、律の音(こゑ)なし。和國は單律の國にて呂の音なし。」と申しき。
200
呉竹は葉ほそく、河竹は葉ひろし。御溝(みかは)にちかきは河竹、仁壽殿(じじうでん)〔清凉殿東〕の方に寄りて植ゑられたるは呉竹なり。