徒然草: 116-120

116
寺院の號、さらぬ萬の物にも名をつくること、昔の人は少しも求めず、唯ありの侭に安くつけけるなり。この頃は、深く案じ、才覺(さいがく)〔才智、自分のはたらき〕を顯はさむとしたる樣に聞ゆる、いとむつかし〔こゝでは面倒でうるさい〕。人の名も、目馴れぬ文字をつかむとする、益(やく)なき事なり。何事もめづらしき事をもとめ、異説を好むは、淺才の人の必ずあることなりとぞ。
117
友とするに惡(わろ)きもの七つあり。一には高くやんごとなき人、二には若き人、三には病なく身つよき人〔健康者は病弱者に同情がないからだ〕、四には酒をこのむ人、五には武(たけ)く勇める人、六にはそらごとする人、七には慾ふかき人。善き友三つあり。一にはものくるゝ友、二には醫師、三には智惠ある友。〔論語季氏篇にも之に似た益者三友、損者三友がある。〕
118
鯉のあつもの食ひたる日は、鬢そゝけずとなむ〔脂のため髪も亂れないとの義〕。膠(にかは)にもつくるものなれば、粘りたる物にこそ。鯉ばかりこそ、御前〔天子の御前〕にても切らるゝものなれば、やんごとなき魚なれ。鳥には雉さうなき〔雙び無き、第一(*の)〕ものなり。雉松茸などは、御湯殿(おゆどの)〔料理の間〕の上にかゝりたるも苦しからず。その外は心憂きことなり。中宮〔後深草院の中宮、東二條院〕の御方の御湯殿の上のくろみ棚〔煤で黑くなつた棚〕に、鴈の見えつるを、北山入道殿〔中宮の御父、西園寺實氏〕の御覽じて、歸らせたまひて、やがて御文にて、「かやうのもの、さながらその姿にて、御棚にゐて候ひしこと、見ならはず〔見馴れず〕。さま惡しきことなり。はかしき人〔はつきりした人、敏腕家、物のわかる人。後に同じ語がある。之は身分ある人〕のさぶらはぬ故にこそ。」など申されたりけり。
119
鎌倉の海にかつをといふ魚は、かの境には雙なきものにて、この頃もてなすものなり。それも鎌倉の年寄の申し侍りしは、「この魚おのれ等若かりし世までは、はかしき人の前へ出づること侍らざりき。頭(かしら)は下部も食はず、切り捨て侍りしものなり。」と申しき。かやうの物も、世の末になれば、上ざままでも入りたつ〔入込む〕わざにこそ侍れ。
120
唐の物は、藥の外はなくとも事かくまじ。書どもは、この國に多くひろまりぬれば、書きも寫してむ。もろこし船の、たやすからぬ道に、無用のものどものみ取り積みて、所狹く渡しもて來る、いと愚かなり。遠きものを寶とせず〔尚書族契篇に「不レ寶2遠物1、則遠2人格1。」〕とも、また得がたき寶をたふとまず〔老子に「不レ貴2難レ得之貨1、使2民不1レ爲レ盜。」〕とも、書にも侍るとかや。