徒然草: 101-105

101
ある人、任大臣の節會の内辨〔節會の時、承明門内の諸事を掌る役〕を勤められけるに、内記〔中務省の官吏、詔敕を作り禁中の記事などを録す(*る)役〕のもちたる宣命〔任大臣の辭令をかいたみことのり〕を取らずして堂上せられにけり。きはまりなき失禮(しちらい)なれども、たちかへり取るべきにもあらず、思ひ煩はれけるに、六位の外記〔太政官の官大小公事の詔書奏文を案じ局中に記録する役〕康綱〔中原康綱〕、衣被の女房をかたらひて、かの宣命をもたせて、しのびやかに奉らせけり。いみじかりけり。
102
尹(いんの)大納言光忠入道〔源光忠、尹は彈正臺長官〕、追儺の上卿(しゃうけい)を務められけるに、洞院右大臣殿〔藤原實泰、公守の子〕に次第を申し請けられければ、「又五郎をのこを師とするより外の才覺候はじ。」とぞ宣ひける。かの又五郎は老いたる衞士の、よく公事に馴れたる者にてぞありける。近衞殿(*未詳)著陣したまひける時、膝突〔敷物、小半疊のうすべり〕をわすれて、外記をめされければ、火たきて候ひけるが、「まづ膝突をめさるべくや候らむ。」と、忍びやかにつぶやきける、いとをかしかりけり。
103
大覺寺(だいかくじ)殿にて、近習の人ども、謎々をつくりて解かれけるところへ、醫師(くすし)忠守(*丹波忠守)參りたりけるに、侍從大納言公明(きんあき)卿、「我が朝のものとも見えぬ忠守かな。」となぞにせられたりけるを、唐瓶子と解きて笑ひあはれければ、腹立ちてまかでにけり。
104
荒れたる宿の人目なきに、女の憚る事あるころにて、つれと籠り居たるを、ある人とぶらひ給はむとて、夕月夜のおぼつかなき程に、忍びて尋ねおはしたるに、犬のことしく〔仰山らしく〕咎むれば、げす女のいでて、「いづくよりぞ。」といふに、やがて案内せさせて入りたまひぬ。心ぼそげなるありさま、いかで過すらむと、いと心ぐるし。あやしき板敷に、しばし立ち給へるを、もてしづめたるけはひ〔物馴れしとやかなる樣子〕の若やかなるして、「こなたへ。」といふ人あれば、たてあけ所せげなる遣戸よりぞ入りたまひぬる。内のさまはいたくすさまじからず、心にくく、灯はかなたにほのかなれど、ものの綺羅など見えて、俄にしもあらぬにほひ〔今急に空薫などしたのでない香〕、いとなつかしう住みなしたり。「門よくさしてよ。雨もぞふる、御車は門の下に、御供(おんとも)の人は其處々々に。」といへば、「今宵ぞやすきいは寢べかめる〔ゆつくり熟睡が出來るであらう。ぬべくあるめる〕。」とうちさゝめくも、忍びたれど、ほどなければほの聞ゆ。さてこの程の事ども、こまやかに聞え給ふに、夜ぶかき鷄(とり)も鳴きぬ。來(こ)しかた行くすゑかけて、まめやかなる御物語に、この度は鷄も花やかなる聲にうちしきれば〔頻りに啼けば〕、明け離るゝにやと聞きたまへど、夜深く急ぐべきところのさまにもあらねば、すこしたゆみ給へる〔ぐづぐづして居られる〕に、隙(ひま)白く〔戸の隙に夜の明けた色が白く〕なれば、忘れ難きことなどいひて、立ち出でたまふに、梢も庭もめづらしく青みわたりたる卯月ばかりのあけぼの、艷にをかしかりしをおぼし出でて、桂の木の大きなるがかくるゝまで、今も見おくり給ふとぞ。
105
北の家(や)かげに消え殘りたる雪の、いたう凍りたるに、さし寄せたる車の轅も、霜いたくきらめきて、有明の月〔十六夜以後、遲く出る月が空にあつたまゝで夜の明ける時、月をかく云ふ〕さやかなれども、隈なくはあらぬに、人ばなれなる御堂の廊に、なみにはあらずと見ゆる男(をとこ)、女と長押〔敷居にある横木、下長押の事〕に尻かけて、物語するさまこそ、何事にかあらむ、盡きすまじけれ〔話がつきまい〕。かぶし〔頭を傾けうなだれた樣子〕、かたちなどいとよしと見えて、えもいはぬ匂ひの、さとかをりたるこそをかしけれ。けはひなど、はつれ〔折々〕聞えたるもゆかし。