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めなもみ〔稀薟草の俗稱、ナモミの一種、葉は三稜、秋小黄花を開く〕といふ草あり。蝮(くちばみ)にさされたる人、かの草を揉みてつけぬれば、すなはち癒ゆとなむ。見知りておくべし。
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其の物につきて、その物を費し損ふもの、數を知らずあり。身に虱あり。家に鼠あり。國に賊あり。小人に財(ざい)あり。君子に仁義あり〔君子も仁義に拘泥し形式に墮する弊があるからだ〕。僧に法あり。
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たふとき聖のいひおきけることを書きつけて、一言芳談とかや名づけたる草紙を見侍りしに、心に會(あ)ひて覺えし事ども。
一爲やせまし、爲ずやあらましと思ふことは、おほやう爲ぬはよきなり。
一後世を思はむものは、糂汰(じんだ)〔糠味噌〕瓶一つも持つまじきことなり。持經(ぢきゃう)〔肌身はなさず所有する經卷〕、本尊(ほぞん)にいたるまで、よき物を持つ、よしなきことなり。
一遁世者は、なきに事かけぬやうをはからひて過ぐる、最上のやうにてあるなり。
一上臈〔臈は僧の修行の多少を區別する語、出家者剃髪授戒し一夏九旬を勤行せしものを臈と云ふ〕は下臈になり、智者は愚者になり、徳人は貧になり、能ある人は無能になるべきなり。
一佛道を願ふといふは、別のこと無し、暇ある身になりて、世のこと心にかけぬを、第一の道とす。
この外も、ありし事ども、覺えず。
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堀河の相國〔太政大臣久我基具、岩倉具實の子〕は、美男のたのしき人〔愉快な快活な人〕にて、その事となく〔それと一定せず、何事によらず〕過差〔豪奢〕を好み給ひけり。御子基俊卿を大理(だいり)〔檢非違使別當の唐名〕になして、廳務を行はれけるに、廳屋の唐櫃〔脚のある櫃〕見苦しとて、めでたく作り改めらるべきよし仰せられけるに、この唐櫃は、上古より傳はりて、そのはじめを知らず、數百年を經たり。累代の公物、古弊をもちて規模とす。たやすく改められ難きよし、故實の諸官等申しければ、その事やみにけり。
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久我の相國〔太政大臣久我雅實、源顯房の子〕は、殿上にて水を召しけるに、主殿司土器(どき)をたてまつりければ、「まがり〔まげもの、木を薄くはいで曲げてつくりし器〕を參らせよ。」とて、まがりしてぞめしける。



