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赤舌日(しゃくぜつにち)〔赤舌は羅刹神の司る日とて、忌み憚つた、例へば正月七月は、三、九、十五、二十一、二十七日を忌む如き類〕といふ事、陰陽道(おんみゃうだう)〔天文暦數卜筮等を研究する道、もとは陰陽五行の理を研究することから出來た名稱〕には沙汰〔噂、評判〕なき事なり。昔の人これを忌まず。この頃何者のいひ出でて忌み始めけるにか、この日ある事末通らず〔成就しない〕といひて、その日いひたりしこと、爲たりし事叶はず、得たりし物は失ひ、企てたりし事成らずといふ、愚かなり。吉日(きちにち)を選びてなしたるわざの、末通らぬを數へて見むも、亦等しかるべし。その故は、無常變易(へんやく)の境、ありと見るものも存せず、始めあることも終りなし。志は遂げず、望みは絶えず。人の心不定(ふぢゃう)なり、ものみな幻化(げんげ)なり。何事かしばらくも住する。この理(り)を知らざるなり。吉日に惡をなすに必ず凶なり、惡日(あくにち)に善を行ふにかならず吉(きつ)なりといへり。吉凶は人によりて日によらず。
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ある人弓射る事を習ふに、もろ矢〔二つの矢を一手に持つこと〕をたばさみて的に向ふ。師の曰く、「初心の人二つの矢を持つことなかれ。後の矢を頼みて、初めの矢になほざりの心あり、毎度たゞ得失なく、この一箭(や)に定むべしと思へ。」といふ。わづかに二つの矢、師の前にて一つをおろそかにせむと思はむや。懈怠(けだい)〔心が怠り、氣のゆるむ事〕の心、みづから知らずといへども、師これを知る。このいましめ萬事にわたるべし。道を學する人、夕には朝あらむことを思ひ、朝には夕あらむことを思ひて、重ねて懇に修せむことを期(ご)せり。況んや一刹那のうちにおいて、懈怠の心あることを知らむや。何ぞたゞ今の一念に〔現在の一刹那に〕おいて、直ちにすることの甚だ難き。
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「牛を賣る者あり、買ふ人、明日その價をやりて牛を取らむといふ。夜の間(ま)に牛死ぬ。買はむとする人に利あり、賣らむとする人に損あり。」と語る人あり。これを聞きて傍(かたへ)なるものの曰く、「牛の主まことに損ありといへども、又大なる利あり。その故は、生(しゃう)あるもの死の近き事を知らざること、牛既に然(しか)なり。人またおなじ。はからざるに牛は死し、計らざるに主は存せり。一日の命萬金(まんきん)よりもおもし。牛の價鵝毛(がまう)よりも輕し。萬金を得て一錢を失はむ人、損ありといふべからず。」といふに、皆人嘲りて、「その理は牛の主に限るべからず。」といふ。また曰く、「されば、人死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び日々に樂しまざらむや。愚かなる人この樂しみを忘れて、いたづがはしく(*原文「いたつがはしく」)〔面倒な思ひをして〕外の樂しみをもとめ、この財(たから)〔人の生命を云ふ〕を忘れて、危(あやふ)く他の財〔金錢財寶など〕を貪るには、志滿つる事なし。いける間生を樂しまずして、死に臨みて死を恐れば、この理あるべからず。人みな生を樂しまざるは、死を恐れざる故なり。死を恐れざるにはあらず、死の近き事を忘るゝなり。もしまた生死(しゃうじ)の相〔生死の姿、現象〕にあづからずといはば、實の理〔眞の悟脱〕を得たりといふべし。」といふに、人いよ〳〵嘲る。
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常磐井相國〔藤原實氏、公經の子、從一位太政大臣〕出仕したまひけるに、敕書を持ちたる北面〔北面の武士、上皇の院を護衞する役〕あひ奉りて、馬よりおりたりけるを、相國後に、「北面なにがしは、敕書を持ちながら下馬し侍りしものなり、かほどのもの、いかでか君に仕うまつり候ふべき。」と申されければ、北面を放たれ〔職を免ぜられる〕にけり。敕書を馬の上ながら捧げて見せ奉るべし、おるべからずとぞ。
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「箱のくりかた〔刳つた形、蓋にある〕に緒を著くる事、いづ方につけ侍るべきぞ。」と、ある有職の人に尋ね申し侍りしかば、「軸〔箱の左方〕につけ表紙〔箱の右方〕につくること、兩説なれば、何れも難なし。文の箱は多くは右につく。手箱には軸につくるも常のことなり。」と仰せられき。



