76
世のおぼえ花やかなるあたりに、嘆きも喜びもありて、人多く往きとぶらふ中(うち)に、聖法師の交りて、いひ入れ佇みたるこそ、さらずともと見ゆれ。さるべきゆゑありとも、法師は人にうとくてありなむ。
77
世の中に、そのころ人のもてあつかひぐさ〔もて囃す材料〕に言ひあへること、いろふ〔取扱ふ、干渉する〕べきにはあらぬ人の、能く案内(あない)知りて、人にもかたり聞かせ、問ひ聞きたるこそうけられね〔呑み込めない〕。殊にかたほとりなる聖法師などぞ、世の人の上はわが如く尋ね聞き、如何でかばかりは知りけむと覺ゆるまでぞ言ひ散らすめる。
78
今樣の事どもの珍しきを、いひ廣めもてなすこそ、又うけられね。世に事ふりたるまで知らぬ人は心にくし。今更の人〔今あらたに交際する人〕などのある時、こゝもとに〔こちらで〕言ひつけたる〔云ひ馴れた〕言種(ことぐさ)、物の名など心得たるどち、片端言ひかはし、目見合はせ笑ひなどして、心しらぬ人に心得ず思はすること、世なれず〔社交馴れない(かく樂屋落を云つて喜ぶからだ)〕よからぬ人の必ずあることなり。
79
何事も入りたたぬさましたるぞよき。よき人は知りたる事とて、さのみ知りがほにやはいふ。片田舎よりさしいでたる人こそ、萬の道に心得たるよしのさしいらへはすれ。されば世に恥しき方もあれど、自らもいみじと思へる氣色、かたくななり。よく辨(わきま)へたる道には、必ず口おもく、問はぬかぎりは、言はぬこそいみじけれ。
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人ごとに、我が身にうとき事をのみぞ好める。法師は兵の道をたて、夷(えびす)〔東國の田舍武士をさす〕は弓ひく術知らず、佛法知りたる氣色(きそく)し〔顔色をする事〕、連歌し〔和歌三十一字を上句下句と二人して詠み一首とする文學、鎖連歌とて長く續くるのもある〕、管絃を嗜みあへり。されどおろかなる己が道より、なほ人に思ひあなづられぬべし。法師のみにもあらず、上達部(かんだちめ)〔三位以上の貴族〕、殿上人〔昇殿を許されて居る貴族、通常五位以上、或は六位の藏人〕、上ざままで、おしなべて武を好む人多かり。百たび戰ひて百たび勝つとも、いまだ武勇の名を定めがたし。その故は運に乘じて敵(あた)をくだく時、勇者にあらずといふ人なし。兵盡き矢きはまりて、遂に敵に降らず、死を安くして後、はじめて名を顯はすべき道なり。生けらむほどは武に誇るべからず。人倫に遠く、禽獸に近きふるまひ、その家〔武術專門の家〕にあらずば、好みて益なきことなり。



