徒然草: 081-085

81
屏風障子〔今の唐紙〕などの繪も文字も、かたくななる筆樣(ふでやう)〔下品な書き樣〕して書きたるが、見にくきよりも、宿の主人(あるじ)の拙く覺ゆるなり。大かた持てる調度にても、心おとりせらるゝ事はありぬべし。さのみよき物を持つべしとにもあらず、損ぜざらむためとて、品なく見にくきさまに爲なし、珍しからむとて、用なき事どもしそへ、煩はしく好みなせるをいふなり。古めかしきやうにて、いたくことしからず、費もなくて、物がら〔物の質〕のよきがよきなり。
82
「羅(うすもの)の表紙は、疾く損ずるが侘しき。」と人のいひしに、頓阿〔歌人、兼好と同時代、四天王の一〕が、「羅は上下はづれ〔本、卷物などの上下の端(*ママ)〕、螺鈿〔漆器に貝を飾りに入れたもの〕の軸は、貝落ちて後こそいみじけれ。」と申し侍りしこそ、心勝りて覺えしか。一部とある草紙などの、同じ樣にもあらぬを、醜しといへど、弘融僧都〔兼好と同時代の歌人〕が、「物を必ず一具に整へむとするは拙き者のする事なり。不具なるこそよけれ。」といひしも、いみじく覺えしなり。總て何も皆事整ほりたるはあしき事なり。爲殘したるを、さてうちおきたるは、面白く、生き延ぶる事(わざ)なり。「内裏造らるゝにも、必ず造りはてぬ所を殘す事なり。」と、ある人申し侍りしなり。先賢の作れる内外(ないげ)の文にも、章段の闕けたる事のみこそ侍れ。
83
竹林院入道左大臣殿〔西園寺公衡、實兼の子〕、太政大臣にあがり給はむに、何の滯りかおはせむなれども、「珍しげなし。一の上(かみ)〔左大臣〕にてやみなむ。」とて、出家し給ひにけり。洞院左大臣殿〔藤原實泰〕、この事を甘心し給ひて、相國(しゃうごく)〔太政大臣〕の望みおはせざりけり。亢龍(かうりょう)の悔い〔易の乾卦に「亢龍有レ悔」、亢龍は昇天した龍〕ありとかやいふ事侍るなり。滿ちては缺け、物盛りにしては衰ふ。萬の事さきの詰りたるは、破れに近き道なり。
84
法顯(ほふげん)三藏〔支那晉代の高僧、三藏は經律論の三つに精通した僧の尊稱〕の天竺に渡りて、故郷の扇を見ては悲しび、病に臥しては漢〔單に支那の意〕の食を願ひ給ひける事を聞きて、「さばかりの人の、無下にこそ、心弱き氣色を、人の國〔外國〕にて見え給ひけれ。」と人のいひしに、弘融僧都、「優に情ありける三藏かな。」といひたりしこそ、法師の樣にもあらず、心にくく覺えしか。
85
人の心すなほならねば、僞りなきにしもあらず、されど自ら正直の人などかなからむ。己すなほならねど、人の賢を見て羨むは世の常なり。いたりて愚かなる人は、たま賢なる人を見てこれを憎む。「大きなる利を得むが爲に少しきの利を受けず、僞り飾りて名を立てむとす。」と謗る。おのれが心に違へるによりて、この嘲りをなすにて知りぬ。この人は下愚の性うつるべからず〔論語に「上智與2下愚1不レ移。」教育しても善に移す見込のない事〕、僞りて小利をも辭すべからず。假にも愚をまなぶべからず。狂人のまねとて大路を走らば、則ち狂人なり。惡人のまねとて人を殺さば、惡人なり。驥(き)〔千里を走る名馬、楊子法言に「晞レ驥之馬亦驥之乘也。」〕を學ぶは驥のたぐひ、舜を學ぶは舜の徒なり。僞りても賢をまなばむを賢といふべし。