56
久しく隔たりて逢ひたる人の、わが方にありつる事、數々に殘りなく語り續くるこそあいなけれ。へだてなく馴れぬる人も、ほどへて見るは恥しからぬかは。次ざまの人〔身分のよくない人〕は、あからさまに〔一寸、かりそめ(*に)〕立ち出でても、興ありつることとて、息もつぎあへず語り興ずるぞかし。よき人〔品格のよき人〕の物がたりするは、人あまたあれど、一人に向きていふを、自ら人も聽くにこそあれ。よからぬ人は、誰ともなく數多の中にうち出でて、見る事のやうに語りなせば、皆同じく笑ひのゝしる〔大聲あげて騒ぐ〕、いとらうがはし〔亂りがはし〕。をかしき事をいひてもいたく興ぜぬと、興なき事をいひてもよく笑ふにぞ、品のほどはかられぬべき。人の見ざま〔樣子〕のよしあし、才ある人はその事など定めあへるに、おのが身にひきかけていひ出でたる、いとわびし〔厭だ〕。
57
人のかたり出でたる歌物語の、歌のわろきこそ本意なけれ。すこしその道知らむ人は、いみじと思ひては語らじ。すべていとも知らぬ道の物がたりしたる、かたはらいたく〔傍で見て居ても氣の毒で〕聞きにくし。
58
「道心あらば住む所にしもよらじ、家にあり人に交はるとも、後世を願はむに難かるべきかは。」といふは、更に後世知らぬ人なり。げにはこの世をはかなみ、必ず生死を出でむと思はむに、何の興ありてか、朝夕君に仕へ、家を顧る營みの勇ましからむ〔氣が乘らうや〕。心は縁にひかれて移るものなれば、靜かならでは、道は行じがたし。その器(うつはもの)昔の人に及ばず、山林に入りても、飢をたすけ、嵐を防ぐよすがなくては、あられぬわざなれば、おのづから世を貪る〔人世の欲を思ふまゝに欲求する。〕(*頭注脱字あり。補う。)に似たる事も、便りに觸れば、などか無からむ、さればとて、「背けるかひなし。さばかりならば、なじかは捨てし。」なんどいはむは無下の事〔此上ない惡いこと〕なり。さすがに一たび道に入りて、世をいとなむ人、たとひ望みありとも、勢ひある人の貪欲多きに似るべからず。紙の衾(ふすま)麻の衣、一鉢のまうけ〔僧は鐵鉢に食料を入れるから云ふ、一杯の食物の用意〕、藜の羮(あつもの)〔藜の吸物、粗食の意。韓愈の詩に「藜羮尚如レ此肉食安可レ營。」〕、いくばくか人の費(つひえ)をなさむ。もとむる所はやすく、その心早く足りぬべし。形に恥づる所もあれば、さはいへど、惡にはうとく、善には近づくことのみぞ多き。人と生れたらむしるしには、いかにもして世を遁れむ事こそあらまほしけれ。偏に貪ることをつとめて、菩提〔正しい佛教の悟り、飜譯名義集に「道之極者稱曰2菩提1。」〕に赴かざらむは、よろづの畜類にかはる所あるまじくや。
59
大事〔こゝでは佛道の修行〕を思ひたたむ人は、さり難き心にかゝらむ事の本意を遂げずして、さながら捨つべきなり。しばしこの事果てて、おなじくば彼の事沙汰しおきて、しか〴〵の事人の嘲りやあらむ、行末難なく認め設けて〔よくとり調べ始末して〕、年ごろもあれば(*ママ)こそあれ〔年來かうして居るのならば兎に角、僅な時間ですむのであるからの意。〕、その事待たむ程あらじ、物さわがしからぬやうになど思はむには、え去らぬ事のみいとゞ重なりて、事の盡くる限りもなく、思ひたつ日もあるべからず。おほやう人を見るに、少し心ある際は、皆このあらましにてぞ一期〔一生涯〕は過ぐめる。近き火などに逃ぐる人は、「しばし。」とやいふ。身を助けむとすれば、恥をも顧みず、財(たから)をも捨てて遁れ去るぞかし。命は人を待つものかは。無常の來ることは、水火の攻むるよりも速かに、遁れがたきものを、その時老いたる親、いときなき子、君の恩、人の情、捨てがたしとて捨てざらむや。
60
眞乘院〔仁和寺内の一坊、門主の隱居所〕に、盛親僧都とてやんごとなき智者ありけり。芋頭〔里芋の親〕といふものを好みて多く食ひけり。談義の座にても、大きなる鉢にうづたかく盛りて、膝もとにおきつゝ、食ひながら書をも讀みけり。煩ふ事あるには、七日(なぬか)二七日(ふたなぬか)など療治とて籠り居て、思ふやうによき芋頭をえらびて、ことに多く食ひて、萬の病をいやしけり。人に食はすることなし、たゞ一人のみぞ食ひける。極めて貧しかりけるに、師匠死にざまに錢二百貫〔一貫は一千文〕と坊ひとつを讓りたりけるを、坊を百貫に賣りて、かれこれ三萬疋〔一疋は十文、一貫は百疋と云ふ、三百萬疋(*ママ)は三百貫。〕を芋頭の錢(あし)と定めて、京なる人に預けおきて、十貫づゝ取りよせて、芋頭を乏しからずめしけるほどに、また他用(ことよう)に用ふる事なくて、その錢(あし)皆になりにけり。「三百貫のものを貧しき身にまうけて、かく計らひける、誠にあり難き道心者(だうしんじゃ)なり。」とぞ人申しける。この僧都、ある法師を見て、しろうるり〔語調が何となく滑稽に聞え坊主らしく聞える出鱈目の綽號、語意を考證する必要はない。〕といふ名をつけたりけり。「とは何ものぞ。」と人の問ひければ、「さるものを我も知らず。もしあらましかば、この僧の顔に似てむ。」とぞいひける。この僧都、みめよく、力つよく、大食(たいしょく)にて、能書、學匠、辯説人にすぐれて、宗の法燈〔一宗の光明たる中心人物〕なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世を輕く思ひたる曲者〔こゝでは變物、ひねくれ者〕にて、よろづ自由にして、大かた人に隨ふといふ事なし。出仕して饗膳などにつく時も、皆人の前すゑわたすを待たず、我が前にすゑぬれば、やがて獨りうち食ひて、歸りたければ、ひとりついたちて行きけり。時非時〔僧は一日一食正午に食する、夫以外に晩食などするをかく云ふ。〕も人にひとしく定めて食はず、我が食ひたき時、夜中にも曉にも食ひて、ねぶたければ晝もかけ籠りて、いかなる大事あれども、人のいふこと聽き入れず。目覺めぬれば、幾夜もいねず。心をすまして嘯き〔こゝでは飄然として居る形容である、空うそぶく有樣。〕歩きなど、世の常ならぬさまなれども、人にいとはれず、よろづ許されけり。徳のいたれりけるにや。



