61
御産の時、甑〔蒸籠、飯をむす器具〕落す事は、定まれることにはあらず。御胞衣(えな)〔胎兒を包める膜、子が敷くため子敷と甑と同音で禁厭に用ゐたのだ。次の大原も大腹と通じ安産を望む心持だ〕滯る時の呪なり。滯らせ給はねばこの事なし。下ざまより事おこりて、させる本説〔正しき確かな據り所〕なし。大原の里の甑をめすなり。ふるき寳藏の繪に、賤しき人の子産みたる所に、甑おとしたるを書きたり。
62
延政門院〔悦子内親王、後嵯峨帝の女〕幼(いときな)くおはしましける時、院へ參る人に、御ことづてとて申させ給ひける御歌、
ふたつ文字〔こ字〕牛の角文字〔い字〕直な文字〔し字〕ゆがみもじ〔く字〕とぞ君はおぼゆる
こひしく思ひまゐらせ給ふとなり。
63
後七日〔朝廷で行はるゝ正月八日から七日間の佛會〕の阿闍梨、武者を集むる事、いつとかや盜人に逢ひにけるより、宿直人とてかくこと〴〵しくなりにけり。一とせの相は、この修中に有樣にこそ見ゆなれば、兵を用ひむこと穩かならぬ事なり。
64
「車の五緒(いつゝを)〔車の簾の縁と編目の絲を被ふ革との間に同じ革で風帶二筋を垂れたもの〕は必ず人によらず、ほどにつけて極むる官位に至りぬれば乘るものなり。」とぞ、ある人おほせられし。
65
「このごろの冠(かぶり)は、昔よりは遙かに高くなりたるなり。」とぞ、ある人おほせられし。古代の冠桶〔冠の入物〕を持ちたる人は、端(はた)をつぎて今は用ふるなり。



