26
風も吹きあへず移ろふ人の心の花に、馴れにし年月をおもへば、あはれと聞きし言の葉ごとに忘れぬものから、我が世の外になり行くならひこそ、亡き人の別れよりも勝りて悲しきものなれ。されば白き絲の染まむ事を悲しび〔淮南子に「墨子見2練絲1而泣(*レ)之。」〕、道の衢のわかれむ事を歎く人〔同書に「楊子見2逵路1而哭(*レ)之。」〕もありけむかし。堀河院(ほりかはのゐん)の百首の歌の中に、
むかし見し妹が垣根は荒れにけり茅花(つばな)まじりの菫のみして〔藤原公實の詠歌〕
さびしきけしき、さること侍りけむ。
27
御國ゆづりの節會〔天子御位を皇太子に讓らるゝ儀式〕行はれて、劒(けん)、璽、内侍所〔三種の神器、璽は玉、内侍所は鏡〕わたし奉らるゝほどこそ、かぎりなう心ぼそけれ。新院〔花園院〕のおりゐさせ給ひて〔文保二年二月讓位。〕の春、よませ給ひけるとかや。
殿守の伴のみやつこ〔伴の御奴、主殿寮の下司で伴氏の者、「主殿の伴の御奴心あらば此の春ばかり朝清めすな」の歌がある。〕よそにしてはらはぬ庭に花ぞ散りしく
今の世のことしげきにまぎれて、院にはまゐる人もなきぞ寂しげなる。かゝるをりにぞ人の心もあらはれぬべき。
28
諒闇〔まことにくらしの義、天子の喪。〕の年ばかり哀れなる事はあらじ。倚廬(いろ)〔諒闇の時の假御所、宮中に建つ。〕の御所のさまなど、板敷をさげ、葦の御簾〔平常の簾は竹なのである。〕をかけて、布の帽額(もかう)〔帽額は簾につく飾りの布、それが鈍色を用ゐてあるのを特に布の帽額と稱す。〕あら〳〵しく、御調度ども疎かに、みな人の裝束(さうぞく)、太刀、平緒〔太刀の下緒〕まで、異樣なるぞゆゝしき。
29
靜かに思へば、よろづ過ぎにしかたの戀しさのみぞせむ方なき。人しづまりて後、永き夜のすさびに、何となき具足〔道具〕とりしたゝめ、殘し置かじと思ふ反古など破りすつる中(うち)に、なき人の、手習ひ、繪かきすさびたる見出でたるこそ、たゞその折の心地すれ。このごろある人の文だに、久しくなりて、いかなるをり、いつの年なりけむと思ふは、あはれなるぞかし。手なれし具足なども、心もなくてかはらず久しき、いとかなし。
30
人の亡き跡ばかり悲しきはなし。中陰〔死後の七々四十九日〕の程、山里などに移ろひて、便りあしく狹き所にあまたあひ居て、後のわざども〔死者の冥福を祈る法事など〕營みあへる、心あわたゞし。日數の早く過ぐるほどぞ、ものにも似ぬ。はての日はいと情なう、互にいふ事もなく、我かしこげに物ひきしたため、ちり〴〵に行きあかれ(*原文・頭注「あがれ」)ぬ〔離れた〕。もとの住家にかへりてぞ、さらに悲しきことは多かるべき。しか〴〵の事はあなかしこ、跡のため忌むなる事ぞ〔後に生きて居る人のため忌む意。〕などいへるこそ、かばかりの中に何かはと、人の心はなほうたて覺ゆれ。年月經てもつゆ忘るゝにはあらねど、「去るものは日々に疎し。」〔文選に「去者日已疎、來者日已新。」〕といへる事なれば、さはいへど、その際(きは)ばかりは覺えぬにや、よしなし事いひてうちも笑ひぬ。骸(から)はけうとき〔人けのないさびしい〕山の中にをさめて、さるべき日ばかり詣でつゝ見れば、程なく卒都婆〔梵語、佛に供する五層の高き物、畧せるは木材で製してある。〕も苔むし、木の葉ふり埋みて、夕の嵐、夜の月のみぞ、言問ふよすがなりける。思ひ出でて忍ぶ人あらむほどこそあらめ。そも又ほどなくうせて、聞き傳ふるばかりの末々は、あはれとやは思ふ。さるは跡とふわざも絶えぬれば、いづれの人と名をだに知らず、年々の春の草のみぞ、心あらむ人は哀れと見るべきを、はては嵐にむせびし松も、千年を待たで薪にくだかれ、ふるき墳(つか)はすかれて田となりぬ〔文選に「出2郭門1直視、但見2丘與1レ墳、古墓犂爲レ田、松柏摧爲レ薪。」〕。その形(かた)だになくなりぬるぞ悲しき。



