166
人間(にんげん)の營みあへる業を見るに、春の日に雪佛を造りて、その爲に金銀珠玉の飾りを營み、堂塔を建てむとするに似たり。その構へ〔建設、建立〕を待ちてよく安置してむや。人の命ありと見る程も、下(した)より消ゆる事、雪の如くなるうちに、いとなみ待つ〔計畫して竣成を待つ〕こと甚だ多し。
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一道に携はる人、あらぬ道〔自分の專門ならぬ道〕の席(むしろ)に臨みて、「あはれ我が道ならましかば、かくよそに見侍らじものを。」といひ、心にも思へる事、常のことなれど、世にわろく覺ゆるなり。知らぬ道の羨ましく覺えば、「あな羨まし、などか習はざりけむ。」と言ひてありなむ。我が智を取り出でて人に爭ふは、角あるものの角をかたぶけ、牙あるものの牙を噛み出す類なり。人としては善にほこらず、物と爭はざるを徳とす。他に勝る事のあるは大きなる失なり。品の高さにても、才藝のすぐれたるにても、先祖の譽にても、人にまされりと思へる人は、たとひ詞に出でてこそいはねども、内心に若干(そこばく)の科(とが)あり。謹みてこれを忘るべし。をこ〔馬鹿〕にも見え、人にもいひけたれ〔言ひ消される。けなされる〕、禍ひをも招くは、たゞこの慢心なり。一道にもまことに長じぬる人は、みづから明らかにその非を知るゆゑに、志常に滿たずして、つひに物に誇ることなし。
168
年老いたる人の、一事すぐれたる才能ありて、「この人の後には、誰にか問はむ。」などいはるゝは、老(おい)の方人〔老人の味方、老人一般のため氣を吐くもの〕にて、生けるも徒らならず。さはあれど、それもすたれたる所のなきは〔一點も缺點のないのは、五分の隙もない程精煉されて居るのは〕、「一生この事にて暮れにけり。」と拙く見ゆ。「今はわすれにけり。」といひてありなむ。大方は知りたりとも、すゞろにいひ散らすは、さばかりの才にはあらぬにやと聞え、おのづから誤りもありぬべし。「さだかにも辨へ知らず。」などいひたるは、なほ實(まこと)に道のあるじとも覺えぬべし。まして知らぬこと、したり顔に、おとなしくもどきぬべくもあらぬ人のいひ聞かするを、「さもあらず。」と思ひながら聞き居たる、いとわびし。
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「何事の式といふ事は、後嵯峨の御代迄はいはざりけるを、近き程よりいふ詞なり。」と、人の申し侍りしに、建禮門院〔高倉帝の中宮。平清盛の女。〕の右京大夫〔同上に仕へた女官の名、藤原伊行の女〕、後鳥羽院(ごとばのゐん)の御位(みくらゐ)の後、また内裏住したることをいふに、「世の式も變りたる事はなきにも〔同女房の書いた右京大夫集を引用したのである〕。」と書きたり。
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さしたる事なくて人の許(がり)行くは、よからぬ事なり。用ありて行きたりとも、その事果てなば疾く歸るべし。久しく居たる、いとむつかし。人と對(むか)ひたれば、詞多く、身もくたびれ、心も靜かならず、萬の事さはりて時を移す、互のため益なし。厭はしげにいはむもわろし、心づきなき事〔氣にくはぬ事、氣乘りのしない事〕あらむをりは、なか〳〵〔却つて〕その由をもいひてむ。おなじ心に向はまほしく思はむ人の、つれ〴〵にて、「今しばし、今日は心しづかに。」などいはむは、この限りにはあらざるべし。阮籍〔晉の竹林七賢の一人〕が青き眼(まなこ)〔凉しい眼で親しむ意、晉書に「阮籍字嗣宗、不レ拘2禮教1、能爲2青白眼1對之、及2稽喜來弔1、籍作2白眼1喜不レ擇而退、喜弟康聞レ之、乃齎レ酒挾レ琴造焉、籍大悦乃見青眼。」〕、誰もあるべきことなり。その事となきに、人の來りて、のどかに物語して歸りぬる、いとよし。また文も、「久しく聞えさせねば。」などばかり言ひおこせたる、いと嬉し。



