徒然草: 001-005

1
つれなるまゝに〔退屈なので〕、日ぐらし〔終日〕硯に向ひて、心に移り行くよしなしごと〔つまらぬ事、らちもない事〕を、そこはかとなく〔とりとめもなく〕書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ〔妙に變な気持がする〕。
いでや〔偖、之は前の節と續く心持と見たい〕、この世に生れては、願はしかるべきことこそ多かめれ。帝の御(おん)位はいともかしこし。竹の園生〔皇族〕の末葉まで、人間の種ならぬぞやんごとなき〔特に貴い〕。一の人〔攝政關白〕の御ありさまはさらなり、唯人(たゞうど)も、舎人〔朝廷より許された護衞隨身〕などたまはる際は、ゆゝし〔すてきである〕と見ゆ。その子、孫(うまご)までは、はふれにたれど〔零落したけれども〕、なほなまめかし。それより下つ方は、ほどにつけつゝ、時に逢ひ、したり顔なるも、みづからはいみじと思ふらめど、いと口惜し。法師ばかり羨しからぬものはあらじ、「人には木の端のやうに思はるゝよ。」と、清少納言が書けるも、げにさることぞかし。勢猛にのゝしりたるにつけて、いみじとは見えず。増賀聖のいひけむやうに、名聞ぐるしく、佛の御教(みをしへ)に違ふらむとぞ覺ゆる。ひたぶるの世すて人は、なかあらまほしき方もありなむ。人はかたち有樣の勝れたらむこそ、あらまほしかるべけれ。物うち言ひたる、聞きにくからず、愛敬ありて、詞多からぬこそ、飽かず對(むか)はまほしけれ。めでたしと見る人の、心劣りせらるゝ本性(ほんじゃう)見えむこそ、口をしかるべけれ。人品(しな)容貌こそ生れつきたらめ、心はなどか、賢きより賢きにも、うつさば移らざらむ。かたち心ざまよき人も、才なくなりぬれば、人品くだり、顔憎さげなる人にも立ちまじりて、かけずけおさるゝ〔わけもなく壓倒される〕こそ、本意なきわざなれ。ありたきことは、まことしき文の道〔質實な學問、修身齊家の道〕、作文、和歌、管絃の道、また有職〔朝廷武家などの典禮に通ずる事〕に公事のかた〔朝廷の政事儀式の方面〕、人の鑑ならむこそいみじかるべけれ。手など拙からずはしりがき、聲をかしくて拍子(はうし)とり、いたましうするものから〔酒をすゝめられて恐縮したやうにはして居るものの〕、下戸ならぬこそ男(をのこ)はよけれ。
2
いにしへの聖の御代の政をも忘れ、民の憂へ、國のそこなはるゝをも知らず、萬にきよら〔華麗〕を盡して、いみじと思ひ、所狹きさましたる人こそ、うたて、思ふところなく見ゆれ。「衣冠より馬車(うまくるま)に至るまで、あるに隨ひてもちひよ。美麗を求むることなかれ。」とぞ九條殿〔右大臣藤原師輔、忠平の子〕の遺誡(ゆゐかい)にもはべる。順徳院の、禁中の事ども書かせ給へる〔順徳院の御著禁秘抄〕にも、「おほやけの奉物(たてまつりもの)はおろそかなるをもてよしとす。」とこそ侍れ。
3
よろづにいみじくとも、色好まざらむ男(をのこ)は、いとさうしく〔寂しく慊らず〕、玉の巵(さかづき)の底なき心地ぞすべき。露霜にしほたれて、所さだめず惑ひ歩(あり)き、親のいさめ、世のそしりをつゝむに、心のいとまなく、合ふさ離(き)るさ〔一方よければ一方うまくゆかぬこと〕に思ひ亂れ、さるは獨り寢がちに、まどろむ夜なきこそ、をかしけれ。さりとて一向(ひたすら)たはれたる方にはあらで、女にたやすからず〔與し易くなく〕おもはれむこそ、あらまほしかるべき業なれ。
4
後の世のこと心に忘れず、佛の道うとからぬ、心にくし。
5
不幸に憂へに沈める人の、頭おろしなど、ふつゝかに〔拙乏に淺薄に〕思ひとりたるにはあらで、有るか無きかに門さしこめて、待つこともなく明し暮らしたる、さるかたにあらまほし。顯基(あきもと)中納言〔源顯基、大納言俊賢の子〕のいひけむ、「配所〔流罪の地〕の月、罪なくて見む。」こと、さもおぼえぬべし。