36
久しく訪れぬ頃、いかばかり恨むらむと、我が怠り思ひ知られて、言葉なき心地するに、女のかたより、「仕丁(じちゃう)〔下僕〕やある、一人。」なんどいひおこせたるこそ、ありがたくうれしけれ。「さる心ざましたる人ぞよき。」と、人の申し侍りし、さもあるべきことなり。
37
朝夕へだてなく馴れたる人の、ともある時に、我に心をおき〔隔てる樣をする、遠慮を見せる〕、ひきつくろへる樣に見ゆるこそ、今更かくやはなどいふ人もありぬべけれど、猶げに〳〵しく〔尤もらしく(同感の心持)〕よき人かなとぞ覺ゆる。疎き人〔親しくない人〕のうちとけたる事などいひたる、またよしと思ひつきぬべし。
38
名利に使はれて靜かなる暇なく、一生を苦しむるこそ愚かなれ。財(たから)多ければ身を守るにまどし。害を買ひ煩ひを招く媒(なかだち)なり。身の後には金(こがね)をして北斗を支ふとも〔北斗は北斗星、白氏文集に「身後推レ金柱2北斗1、不レ如生前一樽酒。」〕、人の爲にぞ煩はるべき。愚かなる人の目を喜ばしむる樂しび、又あぢきなし。大きなる車、肥えたる馬、金玉の飾りも、心あらむ人はうたて愚かなりとぞ見るべき。金は山にすて、玉は淵になぐべし〔文選に「捐2金於山1、沈2珠於淵1。」又莊子に「藏2金於山1、藏2珠於淵1。」〕。利に惑ふは、すぐれて愚かなる人なり。埋もれぬ名をながき世に殘さむこそあらまほしかるべけれ。位高くやんごとなきをしも、勝れたる人とやはいふべき。愚かに拙き人も、家に生れ時にあへば、高き位にのぼり、驕りを極むるもあり。いみじかりし賢人聖人、みづから卑しき位にをり、時に遇はずして止みぬる、また多し。偏に高き官位(つかさくらゐ)を望むも、次におろかなり。智惠と心とこそ、世に勝れたる譽も殘さまほしきを、つら〳〵思へば、譽(ほまれ)を愛するは人の聞きを喜ぶなり。譽むる人、毀る人、共に世に留まらず、傳へ聞かむ人また〳〵速かに去るべし。誰をか恥ぢ、誰にか知られむことを願はむ。譽はまた毀(そしり)のもとなり。身の後の名殘りて更に益なし。これを願ふも次に愚かなり。たゞし強ひて智をもとめ、賢をねがふ人の爲にいはば、智惠出でては僞(いつはり)あり〔老子の「智惠出有2大僞1。」〕、才能は煩惱の増長せるなり。傳へて聞き、學びて知るは、まことの智にあらず。いかなるをか智といふべき。可不可は一條なり〔善惡は唯一つの義、莊子齊物論〕。いかなるをか善といふ。まことの人は、智もなく徳もなく、功もなく名もなし。誰か知り誰か傳へむ。これ徳をかくし愚を守るにあらず、もとより賢愚得失のさかひに居らざればなり。まよひの心をもちて名利の要を求むるに、かくの如し。萬事はみな非なり。いふに足らず、願ふに足らず。
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ある人法然上人〔源空、美作の人、淨土專念宗を唱道した、建暦二年寂。〕に、「念佛の時睡りに犯されて行を怠り侍る事、如何(いかゞ)して此の障りをやめ侍らむ。」と申しければ、「目の覺めたらむ程念佛し給へ。」と答へられたりける、いと尊かりけり。又、「往生は、一定〔きまつて居る事、確定(*原文「碓定」)〕と思へば一定、不定〔不信仰の人には不確定(*原文「不碓定」)の義〕と思へば不定なり。」といはれけり。これも尊し。また、「疑ひながらも念佛すれば往生す。」ともいはれけり。是も亦尊し。
40
因幡の國に、何の入道〔三位以上の人の佛道に入る事〕とかやいふものの女、かたちよしと聞きて、人數多いひわたりけれども、この女たゞ栗をのみ食ひて、更に米(よね)のたぐひを食はざりければ、「かゝる異樣のもの、人に見(まみ)ゆ〔こゝでは結婚する義〕べきにあらず。」とて親ゆるさざりけり。



